日々の唄三線
サブタイトルに「唄三線をこよなく愛する」なんて書いてあるのに、テーマの「唄三線」にも「沖縄」にも一つもエントリーがない。まさしく看板倒れというべきだろう。
というわけで、トップの画像を三線にした記念に(?)、今どんな稽古をやっているのか書いておこうかと。
サブタイトルに「唄三線をこよなく愛する」なんて書いてあるのに、テーマの「唄三線」にも「沖縄」にも一つもエントリーがない。まさしく看板倒れというべきだろう。
というわけで、トップの画像を三線にした記念に(?)、今どんな稽古をやっているのか書いておこうかと。
昨日は唄三線の教室を休んで、今年初のエイサーの出番。
ご存知ない方のために書いておくと、エイサーとは旧盆の時期に沖縄本島(特に中部~北部)でおこなわれる先祖供養の行事で、唄三線の伴奏(地謡)で、太鼓を叩きながら演舞する勇壮な踊りだ。近年では宗教的要素を離れて、沖縄に限らず各地に愛好グループがある。私も、埼玉県北本市に本拠を置くグループ「てぃだエイサー隊」に参加して地謡を務めている。
本来のシーズンは上述のとおり旧盆=夏なのだが、諸々のイベントに招かれるため、最近ではオールシーズン。といってもやはり真冬には似つかわしくないのか、今年は昨日が初の出番だった。「こどもフェスティバル」というタイトルだったのだけど、パンフレットなどもらってくるのを忘れたので、いまだに全体像を今ひとつつかんでいない。
昨日は二回の出番があり、二回目は、イベント全体のフィナーレという位置付け。たいていのエイサーはカチャーシーと呼ばれる乱舞(といってもちゃんと太鼓隊の振付けはあるけど)で締めくくるのがパターンなのだが、イベントのフィナーレってことでいつもよりちょっと長めにやってみた。それなりに盛り上がったのだけど、我々で出し物はすべて終わりかと思ったら、その後、なぜか主催者側のバンド(?)のリードで、SMAP『世界で一つだけの花』を歌いましょう~という流れになった。まぁいいのだけど……。そもそも埼玉県でのイベントで沖縄文化でフィナーレってのも不自然だしね。いや、それ以上に、この歌を一度もまともに聴いたことがない私のほうが不自然なのかも。やれやれ。
私が参加している唄三線の教室に中学生の女の子がいて、「学年でxx番以内に入ったので新しい三線を買ってもらった」らしい。そんな話を聞いたのと、昨日の記事を書いているうちに、「○○ができるようになったら××する」というのを、一つ思い出してしまった。
石垣島に高嶺酒造所という会社がある。「於茂登(おもと)」などの銘柄の泡盛を作っている酒造所だ。ここでは、客が酒造所を直接訪れて購入した泡盛を預かり、古酒として熟成させるというサービスをやっている。私は1999年にこの酒造所に行き、「於茂登」4合瓶を1本買って預けてきた。住所氏名とともに、「いつ飲みに来る」という心づもりとか、「何の記念で入れたか」を書くことができる。すでに預けている人のボトルも並んでいて、そのラベルを見ていくと、「今年生まれた子どもが20歳になったら」とか「銀婚式を迎えたら」とかいろいろ、人それぞれのことが書いてある。
ええと、そしたら自分は何を書こうかな……。
以下は、唄三線をやっていない人にとっては、恐らくほとんど意味のない内容なので、読み飛ばしていただきたい……。
ある唄三線サークル(私はかつて中心メンバーの1人だったのだけど今は幽霊会員)のメーリングリストで、
「三下げの曲は、本調子で弾いた方が指の移動が少なくて簡単である。なぜわざわざ三下げにするのか」という疑問が初心者から出た。
他のメンバーは、「三下げにした方が装飾音や捨てバチを入れやすい」とか「音階の違い」とか、思い思いの答えを返していて、それも間違ってはいないと思うのだけど、決定的に説得力のある説明は出なかったようで、元の質問者の「歴史的な経緯と技法上の経緯が重層的に絡み合っているようだ、もしかすると完全に合理的な回答はないのかもしれない」という深遠な(?)感想で、この話題は終わっている。
ちなみに唄三線は知らないけど他の楽器は知っているという人のためにちょこっとだけ書いておくと、本調子とか三下げ(一二揚げとも)というのは、三線の三本の弦をどうチューニングするかという話である。具体的には、本調子はたとえば「B・E・B」、三下げは「B・E・A」という音程になる。要は三本の弦の相対的な関係であって、絶対的な音の高さはどうでもいいので、本調子が「C・F・C」で三下げが「D・G・C」でも構わないし、西洋音名であらわせない中間的な音でも、相対的な関係が合っていれば構わない。
さて、完全に合理的な回答とか歴史的な経緯とか技法上の経緯とか、そんなヤヤコシイ話が、沖縄民謡の世界にあるのだろうか?
ない……のではないかな。たぶん、ほとんど。
なぜある曲を本調子で弾かず、三下げで弾くのか。恐らく理由は一つだけ。「その方が弾きやすいから/慣れているから」ではなかろうか。戸外で酒を酌み交わしながら遊びで弾き歌いしている民謡のチューニングに、それ以外の理由があるだろうか?
しかしこれは、元の疑問の「本調子で弾いた方が簡単なのに」という前提とは正反対の結論だ。なぜそんなことになってしまうのか。理由は簡単。「初心者は、まず本調子の曲から覚え始める」からだ。本調子の曲を何曲かやった後に、三下げの曲をやる。当然、指は本調子に馴染んでいるから、三下げは弾きにくい。そこで、「本調子にした方が弾きやすいのに」と感じてしまう。
もちろん、「三下げが普通」という感覚を持ってしまった歌い手が(沖縄本島の民謡は三下げが本当に多い)、なんとなく習慣的に三下げで譜面を起こしてしまったのが定着しただけで、実は本調子の方が弾きやすいという曲もあることはあるだろう。逆に三下げを正当化する言い方として「この曲は本調子でも弾けるけど、三下げで弾いた方が音がきれい」というのもある。でも、それは(確かにそのとおりなのだけど)何となく後知恵くさい。基本的には、(本調子でも三下げでも抵抗のない歌い手にとっては)ある曲は三下げの方が弾きやすいから三下げなのであり、別の曲は本調子の方が弾きやすいから本調子なのではないか。
私も唄三線を始めてたかだか6年なので偉そうなことはいえないのだけど、たぶん元の疑問を発した人も、もっと三下げの曲をたくさん練習すれば、この疑問自体が自然に消えていくのではなかろうか。
愛読している内田樹氏の『私の身体は頭がいい』には、こんなことが書いてあった。
合気道のような形稽古の場合は、師範に教わった「形」のなかにあらかじめ必要な情報は書き込まれている。術理は、私が知らなくても、私の身体が知っている。自分の身体が無意識に行なう動きの「意味」を反省的に解釈すれば、術理は自ずから見えてくるのである。
(中略)
ただし武道の伝書を読んでも、「分からなかったことが分かる」ということは原理的には起こらない。「すでに身体に刷り込まれたこと」が意識化されるだけである。「身体が知らないこと」はいくら本を読んでも会得できない。
土曜日、那覇から八重山民謡の先生が来た。この先生のもとで7月にコンクールを受ける仲間3人が集まって特訓。けっこう大きなテーマの一つになったのが息継ぎ。とうてい、先生が歌うようには息が続かない。
「ここでたっぷり息吸えるから持つはずよ」
……って、センセイ、そこ息継ぎじゃなくて歌っているんですけど。え、歌いながら息吸うの? そんなまさかディジュリドゥじゃあるまいし……(アボリジニの民族楽器ディジュリドゥは、口で吹きながら鼻で息を吸って延々と音を出せるらしい→「ディジュリドゥ入門講座」)。
どうやら、普通の呼吸の意味での「息を吸う」ではないらしい。何なんだろう。その前の息継ぎのポイントで吸った後、肺に溜まった空気しか使えないはずなのだから……。なんだか、先生が歌うところを見ていると、1回の息継ぎで二の息三の息が使えているようにも見える。肺と口のあいだにもう一つエアタンクがあって、そこに肺から空気を補給している感じだ。う~ん。肺の中の空気が減っていても胸郭を広げるように身体を使えば、その後さらに声を出せるということなのだろうか。分からん。
夜、稽古が終わった後、先生の発案で駅前の人通りの多い道でストリートライブ……マジですか? ふだんと違って会社帰りの人は多くないが、近辺の店で飲み会をやったグループや、客引きの連中が目につく。
「ケース置こうかね?」
「せっかくだから置きましょう」
何曲かやって、酔客相手に受けようと乗りのいい曲をやりだすと切りがないから、と穏やかな曲で終了。実質15分くらいか。我々の前に置かれた三線ケースには2500円入っていた。その後の呑み会の先生の飲み代に充当してぴったり。
『ウンタマギルー』という映画のビデオをネットオークションで入手した。
懐かしい、と言い切ってしまうには、ちょっと複雑な気分である。というのも、この映画をどういう状況で観たかは覚えているのだけど、その時点では、作品そのものはほとんどまったく印象に残らなかったからだ。
この映画を観たのは1988年。大学4年の夏から秋にかけての時期だ。
来週、↑というイベントが大阪城野外音楽堂で開催されるので、遠路はるばる東京から参加。
って、この手のイベントなら東京でもいろいろあるのに、わざわざ大阪まで行くには理由がある。んで、このエントリーのカテゴリーが「唄三線」なのも理由がある(笑)
そう、今回は「出演者」なのだ! といっても私が出るのはこのイベントの前座(?)「早起き大阪城」(主催:関西方面の有象無象の反戦行動)なのだけど。
私が参加している「てぃだエイサー隊」は、本拠は埼玉だけど、大阪にも支部がある。で、今回の話は大阪隊のほうに来た誘いなのだ。確かウチは、以前は「政治・宗教関係の出演依頼はお断り」だったはずなのだけど、今確認しようと思ってサイトを見たら、「営利目的の出演依頼はお断り」だけになっているな……。まぁ何が「政治的」で何が「宗教的」なのか、「政治的」「宗教的」であるとはどういうことなのかってのは、いろいろ考え直さんといかんと思う……。
というわけで、食い倒れてきます(なんか違う)。
というわけで、22日月曜の夜の新幹線で大阪に向かい、現地のエイサー仲間の家に泊めてもらい、翌23日の「基地いらん・戦争あかん11・23関西のつどい」のプレイベント「早起き大阪城」でエイサーやってきました。9時半に会場入りして、関西の5バンド+エイサー隊用のPAを仕込んで10時半スタートという、かなーり無理のあるスケジュールだったので、バンドの皆さんがいろんな楽器チェックするのが精一杯で、案の定、我々はリハどころか音出しのチェックもまったくなし(笑) 完全にブッツケ本番でした。
まぁでも、そういう現場は何度も体験しているのと、全体に進行が巻き気味で、我々の出番の前に多少の余裕があったこと、そして、この日はPAを担当してくれたのが自らもミュージシャンとして唄三線をやる「まーちゃん」だったので、あまりナーバスにならずに構えてられました。本番もたいしたトラブルもなしに成功に終わった……と自分では思っています。
プレイベントが終わった後、メインの反基地・反戦平和イベントだったのだけど、出番が終わった開放感で、我々はほとんど参加せずに会場脇で遊んでました(^^; 糸数慶子さんの話くらい、ちゃんと聞けばよかったな。でもとりあえず、イベント終了後、京橋までのデモにはエイサー隊有志で参加してきました。直線距離なら1.5kmほどなんですが、結構回り道したので長かった……。東京で何度か参加しているWorld Peace Nowなんかのピースウォークに比べると、ちょっと労組色・党派色が強い気がして、シュプレヒコールの文言にも少し違和感を感じたりしたのですが、気のせいかも……デモの隊列のなかで、どのへんを歩いていたかという要素もあるでしょう。流れ解散後に京橋駅に向かう途中、デモの最後尾に遭遇したのですが、DJ車が入ってなかなか盛り上がってました。
まぁそんなこんなで、出番などのイベント絡みだと、あんまり食い倒れる余裕はないですね。それでも、デモ後に合流したエイサー隊の打ち上げでは串揚げを堪能しましたが。今度は出番もデモもなしに観光で行くぞ~(フマジメ)。