鴻上尚史作・演出『ハルシオン・デイズ』を新宿・紀伊国屋ホールで観た。
作品の感想以前に、紀伊国屋ホールという空間、そしてそこで鴻上さんの芝居を観るという体験そのものに、なんだか強烈な懐かしさを感じてしまった。
そもそもここ10数年(……と書こうとして20年弱と書くほうが適切であることに気づいてしまったのだが)、もともと私が熱中していたのは芝居だったのだし、最初に入った会社も「劇場を保有している」ことを基準に選んだようなものだし、そこを辞めたのも「プロデュースする仕事はあっても自分で芝居をやる時間は取れない」ことが理由だったくらいだ。
しかし、年齢のせいももちろんあるんだろうけど、「多くの人がたくさんのエネルギーを注ぎ込んで、『せーの』で上演して、たくさんの感動を得る」芝居というメディア(このへん人によって異論もあろうが)に、だんだんうんざりしてきてしまったのだ。唄三線には、一人でちょこちょこ練習して、三線一本持って舞台に上がって3分歌って終わり、という身軽さがあって、そこにどんどん惹かれていった。
こうして、いい芝居を観たいという情熱も薄れてきたし、それと連動して自分で芝居をやりたいという気持ちも薄れてきた。そのこと自体は、自分としては正しい方向であったような気がする。
でも、関係者に知人がいるなどの理由抜きに、久しぶりに自分からチケットを買って観にいった『ハルシオン・デイズ』はとても良かった。80年代後半、私は鴻上さん率いる第三舞台の芝居を熱心に追いかけていた。『朝日のような夕日をつれて』『ハッシャバイ』『天使は瞳を閉じて』……。鴻上さんがDJを務める深夜放送も聴いたし、エッセイも読んだ。
ホールに入り、座席に置かれた当日パンフを開いたら、お、ちゃんと「ごあいさつ」があるじゃないか! そんなことに、つい感激してしまう。
あ、作品そのものもとても良かった。「ネット心中」「自殺系サイト」や「9・11」「人間の盾」「誤爆」といった今日的な要素の入れ方が、的確であるとは思うんだが、ときどきちょっと鼻についてしまうのは相変わらずだし、劇中劇部分がやや長すぎてダレる感じもあったし、話の持っていき方が少し強引なところもあったけど……あれ悪口ばかりだな。いや、そんなことはないのだ。役者4人の演技は良いし、落としどころがむちゃくちゃ切なくて泣ける(隣の客はメガネはずして涙拭いてたな~)。そして何より、やっぱり「物語」という要素(この芝居の筋という意味ではなく)がキーワードになるのは、「世界」に対する鴻上さんの一貫した姿勢なのかなぁと感じ入った次第。
というわけで、とてもいい芝居で感激して帰ってきたのだけど、かといって、心を入れ替えて他の芝居もどんどん観にいくようにしよう、という気にはならないのだな。う~ん。