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時事 アーカイブ

2004年02月07日

首都大学東京!?

日経新聞朝刊で、都立の四大学を統合して2005年に開校する新大学の名称が「首都大学東京」に決まったとの記事を読んだ。

なんだろうこれは?

前置詞や関係詞を介して後ろからどんどん修飾語・節を追加していく英語などの言語と違って、日本語は基本的に前から修飾していくのが自然である。自然というか、そうでない例を見つけるのは非常に難しい。「首都大学東京」という名称は、その言語感覚を根本から否定している。まるで、Metropolitan University of Tokyoとかいう英語名が先にあって、それを未熟な機械翻訳ソフトが訳してみせた感じだ。こういう、日本語の言語感覚を否定した名称を持つ大学を選び、そこで学ぶ学生からは、いったいどんな人間が育ってくるのだろう?

たとえば、会社名だと「前株」もあれば「後株」もある。「株式会社トヨタ自動車」とか「トヨタ自動車株式会社」とか、そういう感じだ(トヨタはどっちだっけ?)。だが「首都大学東京」は、大学という一般名詞が真ん中に来ている。社名で言えば、「自動車株式会社トヨタ」というのと同じだ。

「東京都立大学」という名称を引き継げない理由は分からなくもない。統合される他の3大学の面子もあるだろうし、国立大学も独立行政法人化するなかで「都立」といつまで名乗れるかどうかも怪しい。もちろん、「東京大学」は他に存在するから使えない。しかし、「首都大学東京」という案に対して、「それは変だ」と言葉を挙げる人間が一人もいなかったのだろうか? いたとすれば、それを説き伏せるに足る理由が、この名称にあったのだろうか?

昨日の日経夕刊の記事によれば、都は新大学の名称を都民から公募したらしい。が、この「首都大学東京」という何の名かも不明な奇妙な名称は、応募してきたなかには含まれていなかったようだ。多少なりとも金をかけて募集して、応募してきた名称はすべて捨て、この珍妙な名前を採用する……。滑稽を通り越して、グロテスクでさえある。

応募してきたなかには、ろくな名称はなかったのだろうか? なかったとすれば、ほら、件の都知事の鶴の一声で決まり、驚きを与えつつも、完璧に定着してしまった名称に倣えばよかったのではないだろうか。「大江戸大学」と。

ね、石原都知事東京閣下。

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2004年02月18日

志葉玲さんの日記

 イラク侵略前後に「人間の盾」としてイラクにいたフリージャーナリストの志葉玲さんが、またバグダッドに行って東京新聞のために取材活動をしている。その志葉さんの日記がウェブで公開されているので、このところ毎日チェックしている。

志葉の雑記帳

2004年02月23日

アザデガン油田

先週後半の仕事では、イラン・アザデガン油田に関する話題がいくつか出てきた。かなり規模の大きな同油田の開発に向けて、日本がイランと合意を結んだという件。実は去年からこの話は気になっていて、それというのも、イランを「悪の枢軸」と名指しした米国から、イランと提携しないように圧力がかかり、交渉が暗礁に乗り上げていた経緯があるからだ。

米国のアフガニスタン攻撃もイラク攻撃も、その背後には石油利権があるというのはずいぶん前から言われていることだ(イラクはもちろん産油国だし、アフガニスタンは旧ソ連圏中央アジア諸国の油田につながるパイプラインのルートとして重要だと言われていた)。もちろん、ほとんどのエネルギー源を輸入に頼る日本にとっても、中東の石油の確保は死活問題。

で、米国の圧力に従うのとイランと仲良くして石油を分けてもらうのと、どっちを選ぶのかという問題が、このアザデガン油田の開発協力をめぐる交渉だ、と。

結局、米国とはそれほど深刻な問題にはならないだろうという読みで、日本はイランとの合意を選んだ。イランがIAEAの抜き打ち査察を受け入れるという妥協を示したり、日本が自衛隊をイラクに派遣したりしたんで、米国も日本に対してあまり強硬な態度には出られない、というのが欧米各紙の論調だった。

平和とか反戦とかそういう理念はともかくとしても、現実問題、ブッシュ大統領が再選されるかどうかも微妙になりつつあるようだし、いいかげん、米国(というかブッシュ政権)とは距離をおいて様子を見ていたほうが日本としては国益にかなっているのではないか、という気がする。

2004年03月01日

三権分立?

オウム・麻原判決について、知人がウェブ日記にこんなことを書いていた。

これについて小泉首相が
「あれだけの大犯罪ですからね。死刑は当然ですね。もっと早く裁判が終わっていればいいんですけどね」
と発言したのは間違っているし、危険である。

これは確定判決ではない。まだ裁判は一審である。
三権分立の原則から見て、現役の首相が「死刑は当然」などと言ってはいけない。

しごく真っ当な見解であるし、危険だという懸念ももっともだと思う。たとえ無難な優等生的発言と言われようと、「首相」は、「個人的な見解はいろいろありますが、司法が判断すべきことですし、まだ一審判決ですので……」などと言葉を濁すべきなのだ。

で、まったく同じというわけではないが、関連してこんなことを思い出した。

米国であの大規模なテロが起きたのは、言うまでもなく2001年9月11日である。オサマ・ビンラディン率いるアルカイーダが事件の背後にあるとの推定により、米国は彼らをかくまっているとされるアフガニスタンを攻撃し、タリバン政権を倒した。攻撃開始はいつだったか。10月7日だ。優秀なる米国の捜査機関・司法組織は、こんな短時間のあいだに、誰が犯人であり誰が教唆したかを突き止め、判決を確定したのか。もちろんそうではない。FBIが実行犯たちを起訴したのは実に12月11日なのだ。その後の裁判の経緯だの判決だのについては、残念ながら私は知らない。少なくとも確実なのは、米国の公式の法執行機関が犯人を起訴するよりもはるかに先に、行政の最高責任者=大統領が、誰が犯人であり誰が黒幕であるかを断定し、彼のいう「正義」を執行したということだ。

なるほど、ブッシュと小泉は発想が酷似している。

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2004年03月02日

個人情報漏洩

自宅ではYahoo! BBを使っている。
来ましたよ、私のところにもソフトバンクBBからのお知らせ。

(お知らせメールの重要箇所?については「続き」で追記しておく)

う~ん、もちろんこういうのはあまり気持ちのいいことではないけれど、冷静に考えれば実害はたいしてないような気がする。住所や電話番号は、賃貸だから今後変わる可能性は高いし、メールアドレスも常時使用しているアドレスじゃないから変更しても大きな不便はないし。

この手の情報漏洩でやはり一番困るのはクレジットカードの番号が盗まれること。ネットでは暗証番号なしでクレジットカード番号だけで買い物できるから。まぁ身に覚えのない請求が来たら、カード会社に通報すれば取り消すこともできそうだが……。

というわけで、今回は(たぶん)実害ないので怒らないけど、管理はしっかりしてほしいなぁというだけの感想。数年前までは米国などに比べて通信環境の劣悪さがあれこれ言われていた日本が、その面では今やあっさり米国を凌駕してしまったのは、やはりYahoo! BBが価格破壊を仕掛けたおかげだと思うんだよね。いろいろ毀誉褒貶の激しいソフトバンクだけど、少なくともその功績は素直に評価したいところだ。

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2004年03月03日

よく分からないハイチの状況

ハイチの状況がよく分からない。反政府勢力が首都を掌握し、米仏の部隊が派遣されたという。アリスティド大統領は国外に逃れたが、大統領自身はCNNニュースに対し、米軍他に脅迫・拉致されたと語っているそうだ。

今日の日経新聞朝刊では、国際面でも一言も触れられていなかった。

アリスティド大統領については、1990年代にはハイチ民主化の旗手とされていたけど、麻薬取引で不正蓄財していたという話も聞く。反米的な姿勢をとり、キューバと国交を結び、米国から睨まれていたという話も聞く。一方でニューヨークなどでは、「CIAはハイチの反政府勢力を支援するな」という趣旨のデモが発生しているらしい。選挙で選ばれた首長を、CIAの軍事支援に支えられた反政府勢力が倒すというのは、第二次世界大戦後の中南米で繰り返された図式であるはずだ。

どうも、何がなにやら分からない状況である。

などと、いろいろウェブを検索していたら、作家・星野智幸さんのウェブに行き当たった。ハイチ情勢について星野氏が書かれた日記は、まさに私の思うところと一致していたので、氏の許可を得て引用させていただく。

あわせて、ハイチ情勢に関するウェブサイトも教えていただいたので紹介しておこう。HaitiAction.net

以下、星野智幸さんの日記より(全文は、星野智幸の日記の3月1日付)


 ハイチに行ったこともなければ知り合いもいない私には、どの情報が正しいのか、判断する術がない。いずれも裏づけが示されているわけではないので、何とも言いようがない。ただ、日本語のメディアの報道だけでは見えない事実がどうやらあるらしいと感じるのみだ。せめて、すべての判断を保留して見守ろう。さもないと、一番の権益層が他人に信じさせようとする世界観を、いつの間にか内面化することになるだろうから。

2004年03月04日

「個人情報」の値段

Yahoo! BBの個人情報漏洩事件について一昨日ちょっと書いたら、なんだかずいぶん違う立場の方からトラックバックをいただいた。喧嘩を売るつもりはないのであえて先方にはトラックバックしないが、どうも、その方のブログなどを読むと、今回の事件について、また情報漏洩が確認された会員に対して謝罪の印として500円の金券を送るというソフトバンクBBの決定に、かなり憤っている人がいるようだ。

「いまどき500円で何が買える?」「1万円は取れるはず」「集団訴訟起こすべき」などと勇ましい。

彼らが何を求めているのか分からない。手間をかけて1万円ぶん捕るのが目的ではないだろう。ソフトバンクBBに対する懲罰だろうか? しかし、集団訴訟が成功したとして、巨額の補償を強いられたソフトバンクBBがYahoo! BB事業から撤退を余儀なくされたら、最も不利益を被るのはユーザー自身であるはずなのだが。

ところで、個人情報の価値というのは、どんなものなのだろう?

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2004年03月09日

みたび、個人情報

みたび、ソフトバンクBBでの個人情報漏洩について。

3月4日に書いたように、この事件及びソフトバンクBBの対応に憤って、Yahoo!オークションに自分の個人情報を出品した人がいる(ちなみにYahoo!オークションの規約では個人情報の出品は禁じられている)。この出品者もlivedoorでブログを運営しているようなので、とりあえずオークション取り消しの記事にトラックバックしておく。むろんシステム使用料の支払いを回避するために終了前に出品者が取り消し措置を取ったわけだが、最終的な入札価格は確か3兆円くらいになっていたはずだ。出品者が取り消す旨を宣言し、「以降入札しないでくれ」と書いたあとの入札はイタズラと解釈するにしても、その時点で入札価格はすでに約45億円に達していた。

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2004年03月10日

いつ、どうやって反対するのか

イラクでの戦争が始まってもうじき1年になる。

言うまでもないことだが、戦争はまだ終わっていない。少なくとも、アメリカは戦争が終わったとは言っていない(戦争が終結したら、サダム・フセインを含め戦争捕虜を解放しなければいけないという事情もあるのだろうが)。もっとも、すでに20世紀的な意味での戦争の開始・終結は、(おそらく意図的にだろうが)かなり曖昧にされている感もある。

開戦前から、イラクに対する武力行使に反対する人々がいろんなことを言ってきた。そのうち、反駁されたものがいくつあるだろうか? 彼らは「イラクには大量破壊兵器は存在しない。あるとしても使える状態ではない」と言っていた。サダム・フセインが拘束され、最も有力な情報源が確保できたはずなのに、大量破壊兵器はいまだ見つかっていない。「イラクを攻撃すれば民間人に多数の死者が出る」とも言われていた。私としては民間人だけではなくイラク軍兵士も犠牲者にカウントしたいところなのだが、とりあえず民間人だけでも、開戦後、1万に近づこうかという数の犠牲者が出ている。

このところラムズフェルドも元気がない。

イラクに対する武力行使は、少なくともこの1年を通じて考える限り、間違っていたのだ。

その一方で、この1年、日本は着実に「戦争をする国」に近づいていった。日本が戦争をすることに賛成の人は、現時点ではそう多くはないだろう。しかし問題は、いつ、どうやって反対するかだ。「いつ」という点では、開戦前夜になってしまえば、反対することなどまず不可能だろうし無意味だろう。戦争が終わっていない以上、まさに今、戦争に反対する理由は十分に存在する。

「私は反対」と心のなかで思っていても、現実には、それは何の反対にもならない。無言でいるのと同じだ。ウェブで戦争反対を表明するのは、可能性としては到達範囲は広い(基本的にネット全体)けれども、現実には一定の友人しか見てくれない場合が多いだろう。このブログもそうだ。事実上、ここで反戦を訴えても無意味だと思う。選挙で戦争に反対する(少なくとも賛成しない)政党・候補者に投票するのは真っ当な意見表明ではあるが、いかんせん、争点が他にもありすぎてぼやけてしまうし、通常は数年に1回しかチャンスが巡ってこないし、そもそも無記名だから「私はこう思う!」という意思表示にはならない。

じゃあどうする?

ということで、私を含め少数の人がたどりついたのが、反戦デモならぬ「ピースパレード」だったと思う。呼び名は何であれ、それは明白にデモンストレーション(意思表示)であり、状況次第だがそれなりに到達範囲も広く(コースが銀座や渋谷をとおり、天気が悪くなければ、それなりの数の人の目に触れる)、選挙に比べれば頻度も高い。もちろん完全に合法的である。

ただ残念なことに、効果は皆無だった。集まったのは主催者発表でもたかだか4万人。戦争の当事者である米国内でさえ、これより一桁多い人数が反戦デモに参加しているというのに。

イラク攻撃から1年が経った3月20日(土)、またWorld Peace Nowが企画するピースパレードがある。

「9.11」以降、多大な影響を受けた↓の2つの文章を読み返しつつ、私はまた、路傍の人たちの冷笑と迷惑そうな視線を浴びつつ、歩いてこようかと思っている。

10.07の意味
ピース・ウォーク

2004年03月12日

テロの可能性はどこでもある?

スペインでの爆弾テロを受けて、小泉首相が日本国内でテロが起きる可能性について「世界各地で起きているので、可能性を言えばどこでもある」と答えたらしい(時事通信)。

バカなことを言ってはいけない。あらゆる「テロ」を同一視するのは愚の骨頂だ。今回のマドリードでのテロが、当初報道されたようにバスク独立運動絡みのテロだとすれば、同様のテロが日本国内で起きる可能性は皆無だ(在日スペイン大使館あたりは辛うじて標的になるかもしれないが)。しかし、アルカイダによるものだとしたら、日本がその標的になる可能性は十分にある。しかし、たとえば北朝鮮でアルカイダによるテロが起きる可能性は皆無だ。インドで起きる可能性もかなり低いだろう。日本に比べれば、フランスやドイツで起きる可能性も低いかもしれない。

テロが起きるには理由がある。その理由が無差別な暴力を正当化するわけではないとはいえ、その理由を把握しようとしない人間が、テロを防止することなどできるはずもない。

2004年03月15日

一角が崩れた?

スペインの総選挙で、与党・国民党が敗北した。アスナール首相退陣、政権交代という流れになるのだろう。

マドリードでの列車爆破テロが与党にとって逆風になったと報じられている。しかしテロ直後には、政府の呼びかけによるものとはいえ、テロに抗議する数百万人規模の街頭デモが行われたというから、スペイン国民が「テロに屈した」わけではないだろう。

前にも書いたように、選挙は単一のテーマのみをめぐって争われるものではないから、今回の選挙結果にも経済その他多くの要素が絡んでいるはずだが、少なくともテロ以前に伝えられていた与党優位という予測が覆った以上、この選挙結果は「イラクへの武力行使によって、世界が以前より安全な場所になった」というブッシュ=ブレア=アスナール(=小泉)の主張に対する大きな疑問を現わしているのではないか。

2004年03月16日

一発選考が不可能なわけ

「誰が選ばれたか」よりも「選ばれなかった誰か」が最大の話題、と。

マラソンが好きか嫌いかと言われたら、たぶんはっきり好きなほうだろうけど、実はシドニーオリンピックの高橋選手の金メダルも、今回の女子代表選考レース4回も、どれも観ていない。瀬古や宗兄弟が走っていた頃は熱心に観ていたんだけどなぁ(古い)。

別に高橋選手を応援しているわけではないし、誰が本当に速いのかも分からないのだけど、やはり選考で揉めないためには、実際のオリンピックに合わせた季節のレースで一発選考するしかないんじゃないかと思う。そもそもコースや気象条件が違うのだから、複数のレースの結果を比較すること自体がナンセンスだろうし、もちろん直前1年間の数十レースくらいの実績を総合的に考えるなら、そういうブレは抑えられるのだろうけど、言うまでもなくマラソンではそんな数の試合をこなすことはありえない。

一発選考だと「勝負は時の運」みたいな部分もあるけど、本番だって一発勝負なのだから、一発勝負でベストの結果を出した選手を選ぶのが理にかなっているではないか(そこで運を使い果たしているかもしれないけど)。

しかし日本では一発選考は不可能。という論考を、とあるウェブ&メールマガジンで読んだ。なるほど……。

論議さえされないマラソンの五輪代表「一発選考」
メディアに不利益をもたらす五輪代表「一発選考」

2004年03月18日

もちろん日本はイラク復興を支援すべき

……だと私は思っている。
困っている人々がいて、それを助けようという意欲と能力があるのなら、もちろん支援すべきだ。困っている人々は別にイラクに限らないのだけど、日本が特にイラクの復興を支援すべきだと考える理由はある(後述)。

が、それには条件がありはしないか?

まず「何からの復興か」ということが問題。フセイン政権時代の失政によって損なわれた社会を立て直す? でもそれなら、独裁政権のもとで損なわれた社会は他にいくらでもあるのだから、イラクに限った話ではない。やはり何よりも、今のイラクに関しては「戦災からの復興」だろう。

ではその戦災をもたらしたのは誰なのか? 喧嘩は一人ではできないからサダム・フセインもその一方の責任者だろうが、他方の責任は当然アメリカにある(言うまでもないが、国連の支持を得ることなくアメリカが一方的に起こした戦争には正当性のかけらもない)。

ならば復興もアメリカが自国の費用で責任をもって行うべきだが、あいにく、もろ手を挙げて戦争を支持・支援した手前、日本にもその復興を担う責任がある。それは一部の政治家が言うような「国際社会に対する責任」ではなく、まずもって「イラク国民に対する責任」だ。イラクのインフラを破壊し、イラク国民の命を奪ったアメリカと、それを支持した自国の責任を認めること。それが復興支援の前提ではないか。

だからこそ、他の国でも似たような惨状はあるかもしれないが、日本はまず、イラク復興を担わなければならない(あ、アフガニスタンもだな)。

人道支援など、とんでもない。復興支援は、イラク国民への賠償として行われる種類のものだ。もちろん、誇らしげに国旗と銃器を掲げて「助けてあげますよ」と恩着せがましく行くのではなく、「私たちのせいでこんなになってしまってゴメンナサイ」と、罪人として頭を垂れて赴くべきなのだ。

こんなことを書くと自虐史観とか屈辱外交とか言われそうだけど(史観と呼ぶにはあまりに今日的すぎるが)、それはしょうがない。自虐的になり、屈辱を感じるべき理由は十分にあるのだから。必要なのは、自虐的にも屈辱的にもならずに済むよう、初手からまともな外交をやることだろう。

2004年03月20日

馬鹿に馬鹿にされる私たち

本当は今日午後1時前、World Peace Nowに行くのが面倒でしかたなかったのだ。だって、寒いのはまだいいが、雨やみそうになかったし。小一時間デモ行進して終わりならともかく、その前の集会の会場はこれまた屋外。ベンチシートがあっても尻が濡れるから座る気もしない。

むろんイラク侵略・占領は間違っているし自衛隊派遣も間違っている。でもイラク侵略が間違いでイラク占領が失敗しつつあることは、だいたい世界の常識になりつつあるような気がするし、個人的に片付いていない問題もあることだし……と躊躇する気が微妙に生れた。

でもすぐに私が感じたのは、「それにしてもあんまり馬鹿にしてるじゃないか!」という怒りだった。

ええと、これは何だろうと考えると、どうも金曜日の日経夕刊で読んだ内閣官房長官の福田康夫のコメントが原因らしい。曰く、(戦争の大義となったイラクの大量破壊兵器の存在についても)「あると思う。ないはずはない」と(その後、mugen氏のブログで知ったのだが、首相の小泉純一郎も同じ趣旨の発言をしているようだ)

馬鹿じゃなかろうか。すでにアメリカ・イギリスでさえも、大量破壊兵器の有無自体ではなく、「なぜあると信じてしまったのか」が焦点になっている。そう思い込んだ(あるいは国民に思い込ませた)のはブッシュやブレアの責任ではなく、情報機関の責任だといった具合に。米英でさえその調子なのに、いまだに「ないはずがない」とはどういうことだろう。まさに、ちょうど1年前の今日なら、そういう発言をしても不自然ではなかったかもしれないが、いったい福田にとって、この1年は何だったのだろう。

いやもちろん、イラクには大量破壊兵器が隠されているかもしれない。これから発見されるかもしれない。しかし、福田に今、「ないはずがない」と言い切る根拠を問えば、何も答えられないはずだ。アメリカでもその存在が疑われている今、イラク国内情勢についてロクな一次情報をもたない日本の政治家ごときが、アメリカさえ知らない証拠を押えているはずがない。

問題は、何の根拠もないことを公の場で断言する福田の愚かしさだ。幽霊がいるかいないかを議論して、「いるったらいる!」と駄々をこねる子供程度の知能なのかもしれない。

……と、金曜日の晩は福田は馬鹿だと呆れただけで終わった。

しかし今日の昼になって怒りがこみあげてきたのは、それが実際には、福田が馬鹿なのではなく「私(たち)が馬鹿にされている」ことなのかもしれないからだ。「この程度のことを言っておいても、別に何も問題にならないだろう」という……。最近の政治家の、おしなべて軽薄そうな面持ちは、おそらく国民に対する侮蔑が表面にあらわれているからなのではなかろうか。

というわけで、今日はその怒りに任せて雨のなか反戦デモに行ってきた。辺見庸さんは『世界』3月号で昨今の「ピースパレード」における怒りの欠如を嘆いていたが、その怒りとはちょっと種類が違うかもしれないけれど、少なくとも私個人としては今まで参加したなかでは一番自分のなかに勢いを感じたデモではあった。

集まったのは報道によれば主催者発表で3万人。もう一つの労組系の集会・デモも3万人という。もっとも、この労組系のデモは芝公園を出発して日比谷公園解散だったようなので、そのままWorld Peace Nowに流れた人もいると思うから、双方の動員数を単純に足し算するわけにはいかないだろう。そしてたぶん警察発表ではそれぞれ5000人ずつくらいなんだろうな。

……そうそう、上で「福田が馬鹿なのではなく」と書いたけれども、もちろん彼が本当にまともな知性を持っていないせいでああいう発言をした可能性も否定できない。福田はともかく小泉は、イラク関連以外の場面での発言(たとえばアテネ五輪女子マラソン代表決定時の「もう一枠くらい何とかならないの?」)をかんがみるに、真性の(以下略)。

※福田とか小泉とか呼び捨てにするようにしたのは、彼らが馬鹿だからではない。このブログでは小説家やアーティストの名前を普通に呼び捨てにしているから(一部例外もあるが)、あくまでも公人としての扱いにしたのみである。

2004年03月22日

本当に報道されたくないのは……

週刊文春3月25日号が東京地裁の差止命令によって販売中止となった理由は、田中真紀子前外相の家族のプライバシーに関する記事だということだが、実はこの号にはもっとショッキングな記事が掲載されており、それが世間に広まるのを防ぎたかったというのが裏の動機ではないか、という話がある。

私はあるメーリングリストでその記事の内容を知ったのだが、週刊文春のウェブサイトでは、すでに当該号の目次さえ閲覧できないようになっていて、その記事が載っていたのかどうか確認するすべもない(どうやら国会図書館では閲覧できるようになったらしいが……)。ところが、どうも私の上司が件の号を買っていたらしく、明日持ってきてくれることになっている(笑) 実際に目にするのが楽しみだ。

まぁ実際にその記事が公表を恐れるような種類のものかどうかは判断が難しいし、田中がそういう妨害に協力するとも思えない。なんだか陰謀論めいた匂いもするけれども、文春側が今回の事件に関する声明文で「当該記事のみならず掲載記事すべてにかかわる表現の自由の圧殺にほかならない」と主張するのも、実はそのへんを示唆しているのではないかという気がしないでもない。

2004年03月25日

「女優」なんだから……

社会保険庁がCM・広告に起用した江角マキコさんが、国民年金保険料を払っていなかったという話。

毎日新聞の記事によれば、民主党の菅直人代表が、彼女の参考人招致を求めたらしい。23日の日経夕刊には、坂口力厚生労働相が、社会保険庁に「緊張感を持て」と苦言を呈したとの記事がある。この記事によれば、社会保険庁は、広告代理店との契約の際に彼女が納付しているか否かを所属事務所を通じて文書で確認したという。「損害賠償請求など法的措置が可能かどうかも含めて対応を検討中」とまで書かれている。

あのさ、江角さんは「女優」として起用されたわけだよね? CMでは指定された台詞をしゃべって演技しただけだよね? その役者の現実世界での行動なんて、そもそも関係あるのだろうか。↑の報道に出てくる連中は、虚構と現実の区別がつかなくなっているのではないか。納付を促す「演技」が上手にできれば、それで十分じゃないか。ドラマで殺し屋を演じた俳優が、実生活で一人も殺していなかったら問題になるのだろうか?(なるわけがない) 風邪薬のCMに出ている俳優が、その冬一度も風邪をひかず、その商品を一度も飲んだことがなかったら問題になるのか?(なるわけがない)

むろん、国民年金保険料を収めていないことの是非は別問題だ(第一感としては、ある金融商品に投資するか否かは個人の自由であるべきだという気がするが、年金については不勉強なので判断は慎もう)。しかしそれはCMとは別の、現実世界の問題としてきちんと対処すればいいことだ。

民主党も、こんなくだらんことに国会の場を使わないでほしい。江角マキコさんには、もし参考人招致されたら、誰かに台本書いてもらって「私は女優よ!」と啖呵を切ってほしいところだ。官僚の作文を棒読みする大臣がいるんだから、参考人が誰かの台本を読んだっていいじゃないか。

一連の報道でいちばん笑えるのは、社会保険庁が「彼女が納付しているか否かは所属事務所を通じて文書で確認した」という部分。特定の個人が納めているか否か、社会保険庁は自前では確認できない、と解釈してよいのかな? 損害賠償請求などしたら、とんだ笑いものになりそうだ。

ちなみにlivedoor blogで検索してみると、この件の馬鹿馬鹿しさを認識している記事ももちろんたくさんあるが、勘違いしている記事も多い。「人に言う前におまえが払えよ」とか憤っている。なんだかな~。

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2004年04月01日

日の丸君が代

「茶色の朝」で日の丸・君が代について触れたら、昨日の内田樹氏のブログでも、東京都教育委員会による処分の話が取り上げられていた(「国益と君が代」)。


自分に敬意を払わない人間を処罰する人間は、なぜ敬意を払われないのかについて省察することを拒絶した人間である。
ふつう、そのような人間に敬意を払う人はいない。
国家に敬意を払わない人間を処罰する国家は、なぜ敬意を払われないのかについて省察することを拒絶した国家である。
ふつう、そのような国家に敬意を払う人はいない。

という結論部分に、私はまったく同感である。「茶色の朝」へのコメントで書いたように、愛国心・愛国主義は多様でありうると私は思う(私の愛国心と石原慎太郎の愛国心は恐らく正反対の方向を向くことが多いに違いないが)。

ところで、内田氏が書く次の部分については、どうも私としては納得がいかない。納得しない人間もフルメンバーとして受容する成熟した市民社会を彼は支持しているのだから、まぁ納得がいかなくてもいいのだけど、いちおう書いておこう。


「君が代」と「日の丸」は日本国の象徴である。
(中略)
私自身は、国旗に敬礼し、国歌を斉唱する。
私が生まれてから今日まで、とりあえず戦争もせず、戒厳令も布告されず、経済的なカタストロフも、飢饉も、
山賊海賊の横行もなかったこの国に対して、私なりのひかえめな敬意と感謝の念を示すためである。

私は「国旗に敬礼し国歌を斉唱する」こと自体を断固として拒否するわけではない。納得がいかないのは、それがなぜ「君が代」であり「日の丸」であるかという点だ。「君が代」「日の丸」は、戦争をし、戒厳令を布告し、経済的なカタストロフを起こし、山賊海賊の横行は知らないが、飢饉は確かに起きた国を象徴する存在ではなかっただろうか。私は今の日本に生まれたことを幸運に思ってはいるが、その敬意と感謝を、この種の厭わしい過去を背負った象徴に対して示す気にはなれない。

もちろん、「君が代」「日の丸」は法律で国歌国旗と定められているわけだが、問題はそれを決定する際に、代替案が何一つ示されなかったことだ。選択肢が一つしかない状態で、それを国歌国旗とするか否かのみが問われる。そしてその唯一の選択肢とは、上述のようにひどく不吉で禍々しい選択肢だ。日本を象徴する国歌・国旗として、何かもっとふさわしいものはなかったのか、ないとすれば新たに創り出すことはできないのか。そういう発想・議論はまったく見られなかった。

1960年代に走ったホンダF1は、白と赤をチームカラーとしていた。言うまでもなく日の丸カラーだ。でも今は、日本のチームカラーとしては青が自然だと思う人も多いのではないか(サッカーに関心のない私は、これにも納得がいかないけど)。日の丸が象徴する太陽はどこの国にでも昇る。やはり国旗の意匠としては、多くの日本人がアイデンティティを感じるであろう桜とコメ(稲穂)をあしらうべきではないのか。

国歌もそう。実は「君が代」のメロディは気に入っている。勇壮な曲調が多い他国の国歌に比べて、落ち着いていて厳粛で良い。しかし歌詞は? 和歌としても字余りだし(「さざれいしの」)、ニホンもニッポンもヤマトも何も入っていないというのは不備ではないのか?

などなど。選択肢は多様であるべきだった。公募でも良かったはずだ。選択肢が一つしかない状態で、これを国旗国歌として定め、掲揚・斉唱を強要するとすれば、それは愛国主義ではなく、ファシズムであると私は思う。

2004年04月07日

戦争の民間委託

イラク情勢がますますひどいことになっている。
アメリカが戦っている相手が、フセイン独裁政権の残党でもなく、アルカイーダでもなく、イラク国民自身であることがますます明らかになっているような気がする。

ところで、先日ファルージャで殺され、住民に遺体を引きずりまわされたり鉄橋に吊るされたりした米国人は、日本では「民間人」と報道されているが、実は米軍特殊部隊出身者などが在籍する特殊警備会社の社員であるという情報が、閑話休題blogで紹介されていた。私も「平和のための翻訳者連合(TUP)」の末席を汚している関係で、この話は前から耳にしていたのだけれど、日本の主要メディアでもようやく報道されるようになったようだ。

Yomiuri Onlineの記事では、米ワシントンポスト紙の報道として、「元特殊部隊員を中心とする軍事会社が、要人警護や軍事訓練だけでなく、“実戦部隊”としての役割も担っていることを示すものだ」と伝えている。また、「同紙によると、ブラックウオーター社はイラクに約450人を派遣している。3月31日に中部ファルージャで殺害され、遺体が引き回された米国人4人も同社の要員だった」とも。

米軍がいろいろな機能を民間に委託しているのは以前からの話だろうけど、軍隊の本業である戦闘さえ任せてしまうとなると、まさに傭兵そのものだ。

って、いくら米軍の委託を受けているとはいえ、民間会社の社員として派遣されている人間がイラク人を殺しているわけだよね……。これって戦争? 殺人?(まぁどちらも同じと言ってしまえばそれまでだけど)

2004年04月08日

小泉はなぜ馬鹿を演じつづけるのか

毎日新聞の記事より。


小泉純一郎首相は7日、自らの靖国神社参拝を違憲とした福岡地裁判決について「なぜ憲法違反か分からない。なぜ伊勢神宮(参拝)は問題にならなくて靖国だけ問題にされるのか」と疑問を示した。

私は当初、靖国だけが問題なのではなく、公人として参拝する限りにおいて伊勢神宮も増上寺も東京カテドラルも例外なく違憲であるのだと思っていた。しかし今回の判決に関する報道で知ったのだが、どうも「目的・効果基準」というのがあるらしい。これについては、Googleで「目的効果基準 政教分離」といったキーワードで検索すればたくさんヒットするが、「行為の目的が宗教的意義を持ち、その効果が宗教に対する援助または圧迫となるような行為」は、憲法20条が禁じる宗教的行為にあたる、という考え方らしい。

言うまでもなく今回の原告が伊勢神宮ではなく靖国神社を取り上げたことには深い理由があるわけだが、司法的には、戦犯合祀云々とは関係なしに、「ある参拝が問題にならなくて特定の参拝が問題になる」根拠は十分にあるということだ。

って、そんなことは私のような素人はともかく、靖国神社に公式参拝しようなどという首相は当然知っていなければならないことなのだが……。

昨夜テレビを観ていたら(珍しくテレビをつけていたのは、本当は松井稼頭央の活躍をフォローしたかったからなのだが)、小泉は「分からない」を連発していた。↑の「なぜ憲法違反か分からない」、靖国参拝がなぜ外交問題になるのか分からない、中国・韓国がなぜ問題視するのか分からない……。

もちろん、分からないわけがない、知らないわけがない。こういう発言は、強弁で切り抜けようという小泉流のパフォーマンスなのだろう。もっとも、私に理解できないのは、こうして無知な愚か者を演じることが、どのように小泉の利益になるのかという点だ。冷笑を浴びるところまでブッシュやブレアに追随しなくてもいいと思うのだが……。

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2004年04月09日

撤退の大義名分

ちょうど「自衛隊は何しにイラクに行ったのか」と書こうと思っていたところだった。イラク情勢の悪化を受けて、陸上自衛隊が宿営地外での活動を控えているという報道があったからだ(いちおう該当する毎日新聞の記事は右側の「最近見かけた気になるページ」に入れておいたが、検索結果なのでリンクは切れるかもしれない)。「宿営地内での給水活動や宿営地外でのオランダ軍との調整業務などは行う」とあったが、宿営地内の給水活動って何だ? 「ここまで取りに来れば水はあげるよ」ということか? それが復興支援なのか? 憲法違反の疑いのある海外派兵をやって、国民の税金を使って、やることがそれか?

すでに、自衛隊の宿営地は安全な地域でもなければ非戦闘地域でもない(砲弾が落ちてくる場所が戦闘地域でないなら、どこが戦闘地域なのだろう?) 自衛隊を引き揚げる条件は整っているはずだ。

……と思っていたところに、今回の人質事件である。官房長官の福田は「撤退する理由がない」と言い放った。冗談じゃない。3人が人質に取られなかったとしても、撤退する理由は十分に整っている(そもそも派遣すべきでないという議論はさておき)。そのうえさらに、「国民の生命を守る」という理由が追加されたのだ。自衛隊としては、このうえない大義名分ではないか。「危険になったから」ではなく「国民の生命を守るため」なら、十分に名誉ある撤退だと思うのだが……。

でも、確か前沖縄県知事の大田昌秀さんが書いていたのだったと思うが、軍隊って、まず自分自身を守る(兵力を維持する)ことが目的としてあって、住民保護とかは二の次なんだよね。自衛隊も「自らを衛る隊」なんだろうな。もっとも、サマワの自衛隊が守ろうとしているのは小泉政権のメンツであるようだが。

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面識はないけれど……

イラクで人質になっている今井くんとは、もちろん面識はないけれど、同じメーリングリストに参加しているメンバーである(といっても私はほとんどリードオンリーで、参加しているというのも恥ずかしいくらいだが)。参加した当初から、まだ高校生なのに(当時)しっかりした考えを持っている人だなぁと感心していた。

無事に戻ってきてほしい。

そもそも彼は、自衛隊のイラク派兵に強く反対していた人である。こんな言い方は不謹慎かもしれないが、イラクの人々も相手を選んでほしい、などと思ったりもする。

2004年04月10日

人に迷惑をかけるな、という主張

イラクでの3邦人拉致事件については、彼らが自衛隊派遣に反対していた「左翼」であることを理由に(派兵反対=左翼という発想がそもそも時代錯誤だが)、自作自演の狂言ではないかという陰謀論めいた話もあるようだ。この手の話を探すのもウンザリするので、私が目にしたのは「藍色国民」くらい。ここは断定ではなくほのめかしている程度だが、この手の話は、イラクが「リアルに」危険な場所だということを忘れている(あるいは故意に無視している)。自衛隊撤退を訴えるためにイラクまで行って人質事件を自作自演する? そこに至るまでに命を落とす可能性だって十分にあるのに? 小泉のコメント並みに筋の通らない話のように思える。まぁ世の中とんでもないことを考えつく人もいるので、100%ありえないとは言うまい。メーリングリストで読んでいた今井さんの投稿からは、そういうことを考えるような人とは思えないけれども。

もっとまともな批判として、人質になった3人について、きわめて危険とされる地域に入っていった本人たちの責任を問う論調が、ネットでもいくつか見られる。「Bella Giornata」というブログの「イラクの話」という記事も、その一つだ。冷血漢を自称されているので、「そんなところにのこのこ出かけていって挙句ただ殺されるならまだしも人質になった」(殺されたほうが良かった、と読める)という部分に突っ込むのは無益だろう。この記事で強調されているのは、「行くのは勝手だけど、人に迷惑をかけるな」という一文だ。

これは、それなりに考えさせられる言葉だ。

「人に迷惑をかけるな」は、きわめて通りのよい市民道徳だ。「人に迷惑をかけない」人間を育てるのが「しつけ」の要だと言ってもいいくらいだ(もっとも、原理的には人にまったく迷惑をかけない生活などありえないのであって、皆それぞれ迷惑をかけあいながら生きているのが世の中というものだろうが)。普通に平和な暮らしを送っているかぎりにおいては、「人に迷惑をかけるな」という規範はとても有効だし、守るべきだと私も思う。

しかしそんな一般論・原則論は、今回の事件においてはあまり適切ではない。そもそも「人に迷惑をかけないように」という規範は行動を抑制するネガティブな規範であって、そうした枠をあえて超えざるをえない、やむにやまれぬ行動への意志・欲望というものが、ときとして存在する。

アンマンから発信された彼らのメールは、イラクに向かえば生命の危険があることを彼らが十分に認識していたことを示している。彼らは野次馬根性で、あるいは物見遊山気分でイラクに行ったわけではない。上記のブログの記事の言葉を借りれば「のこのこ出かけていっ」たわけではない。

きわめて危険な地域であることを承知のうえで、「人に迷惑をかける」リスクを冒してまで、彼らがやりたかったことは何か。戦争・占領下で苦しんでいるイラクの子どもたちに手をさしのべることであり(高遠)、劣化ウラン弾被害の悲惨さを世に伝えるために取材することであり(今井)、イラクの現状を写真というかたちで伝えること(郡山)だろう。

イラクの状況がここまで急速に悪化することを予想していなかった甘さはあるだろうが、こうした彼らの動機を考えるとき、「人に迷惑をかけるな」という、平時であればまっとうな市民道徳の説得力はきわめて弱い。日経新聞朝刊に掲載されていた高遠さんの父親の「戦争で犠牲になる子供たちを助けようというのに、(親として)反対するすべはなかった」というコメントは重い。「人に迷惑がかかるかもしれないからやめなさい」とは言えなかったのだろう。

さて、「Bella Giornata」の当該記事の末尾では、「責任のない政府が尻拭いに苦慮し、結果として大きく国益を損なうような事態にならないことを祈るばかりです」と書かれている。何が国益を損なうかは、人それぞれ見解が相違するだろうが、「他国の復興支援を口実に、自国民を見殺しにする」ことは、長い目で見て大きなマイナスになるように思えてならない。先にも書いたように、この事件がなかったとしても、自衛隊を一時的にせよ撤退させる理由は十分に整っているのだ。

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2004年04月11日

地政学的リスクと「さらなるテロを呼ぶ」という主張について

まずもって、人質になっている3人が解放される展望が出てきたことを喜びたい。

以前からこのブログを読んでいただいている(少数の)人は、「水沫日記は土日休業」と思っているだろうが、まぁ大きな事件もあったし、力のこもったトラックバックをいただいたことでもあるし、そのなかでコメントを求められている部分もあるので、時間の許す限り書いておこうと思う。

ただし、これが、すべてのコメント/トラックバックに応えるという原則を意味しないことは明記しておきたい。以下の二つのトラックバックに対して書くのは、その内容が興味深かったからという理由であるにすぎない。

さて、あれこれ書く前に、いただいたトラックバックを紹介してきちんと読んでもらうことが筋というものだろう。お二人の主張に対して思うことは、「続き」で書いておく。お二人へのメッセージという形なので、文体は「ですます」調が基本になっているけど。

一つは、forestwildcatさんの、Bella Giornata「続・イラクの話」
もう一つは、g_000さんのg0x3.eye @goo「イラク邦人拉致 ートラバで叩かれた(´・ω・`)」
(些細なことだが、「叩く」というほど厳しいことを書いたつもりはないんだけど……(^^;)

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2004年04月12日

論点がずれた……

残念ながら一足飛びに解決とはいかないようで、依然として3人の安否が気になる。

一昨日・昨日と、forestwildcatさん、g_000さんとのブログを介したやり取りがあったわけだが、おふたりとも昨日の私の投稿へのコメントという形で書いてくださっているので、興味のある方は読んでいただきたい。特にforestwildcatさんによるコメントは、複数の地政学的リスクの比較考量や経済に関する観点といった面でもう少し議論を続けたいところなのだが、ご自身のブログでは触れられていないので、私も控えておこう。g_000さんのコメントについては、とりあえず……読んでいただければ、まぁいいのではないかと思う。

全般的に、今回のやり取りでは論点がズレた。私の一昨日の投稿は「『人に迷惑をかけるな』という市民道徳には、彼ら3人の行動を抑止する説得力はなかっただろう」という趣旨であったにもかかわらず、「何が迷惑か、どれほど大きな迷惑か」という方向に話が向かってしまった。これは、私の昨日の投稿についても言えることなので、論点がズレたことについては自らの不明を恥じる次第だ。

私は軽率ですらない

今回の事件で、政府の姿勢を批判し自衛隊を撤退させるべきだと主張する人々のあいだでも、人質になった3人の軽率さを批判する声がある。たとえば以前から私が愛読している「さとなお」さんのウェブ日記にもそうした批判がある。私自身も、一昨日の記事で「イラクの状況がここまで急速に悪化することを予想していなかった甘さはあるだろうが」と書いた。

彼らの「軽率さ」を批判するには、批判するこちら側が、彼らのように軽率ではない(賢明である)ということが前提になる。

では、彼らは軽率だからイラクで人質になり、私は軽率ではないから今こうして日本で安穏と生活していられるのか。私は、「危険勧告が出ている状態のイラクに行くなんてとんでもない」とか「イラクの抵抗勢力の人々から見たら我々は米国を支援する敵国人なのだから、こっちが善意のつもりでも通用しない」といった冷静な判断を下した結果、今こうして無事でいられるのだろうか。

たぶん、そうではない。

私はイラクに行こうだなんて一瞬たりとも思わなかった。だから、こうして平和に暮らしている。そこが私と彼らの最大の違いだ。そしてたぶん、彼らの軽率さを批判している人は、私同様、イラクに行くことなど思いつきもしない人たちだろう。

イラクに行こうだなんて思いつきもしない賢明な人間が、イラクに行こうという発想をした人間の軽率さをなじっている。

2004年04月13日

ウェブログ的に

作家・宮内勝典さんのウェブ日記「海亀日記」は以前から読んでいたのだが、ここ数日は他のブログのチェックなどに追われて忘れていた。しかしこういうときこそ読むべき日記だった。また、作家・星野智幸さんのウェブ日記も、ここ数日、熟読に値することが書かれている。

以下、「海亀日記」より転載。

―――――――――以下、転送歓迎します―――――――――
                            04.04.08
                宮内勝典
                http://pws.prserv.net/umigame/

 イラクで三人の日本人が拘束された。三日以内に自衛隊を撤退させなければ、その三人を殺すという声明が出されている。ついに、この時がきた。日本政府がどう決断をするか、すべてがそこにかかっている。

 ここが分水嶺になるだろう。

 自衛隊を撤退させたほうがいいと私は思う。むろん「テロに屈した」と国際社会の笑いものになるだろう。それでもかまわないじゃないか。世界史のテーブルに対して、経済大国・日本はこれまでどんなヴィジョンも理念も示した得たことがない。

 イスラエルが、ハマスの指導者をミサイルで暗殺したとき、国連は非難決議を取ろうとした。日本政府の答えは「棄権」であった。日本とはそういう国であると見なされているはずだ。自衛隊を撤退させるという腰抜けぶりをさらけだすことが、唯一、日本が世界に示しうるヴィジョンのように思われてならない。私たちは、笑いものになろう。積極的に笑われたほうがいい。笑われながら、覇権主義とは異なるありようを示せばいいのではないか。

 ――――――――――転送歓迎、ここまで―――――――――

「テロに屈したら国際社会の笑いもの」説

先に池澤夏樹さんの「パンドラの時代:008」を紹介したが、私も「テロに屈せず」「自衛隊を撤退する」というのが正しい落としどころではないかと思っている。

が、それにしても気になるのは、「テロに屈したら国際社会の笑いものになる」という説だ。↓に紹介した宮内勝典さんの「笑いものになってやろうじゃないか」という態度は潔くて好きだけれども、そもそも「テロに屈した」日本を笑いものにする「国際社会」とは何なのだろう?

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2004年04月15日

自作自演説の出発点を問う

あいかわらずネット上では自作自演説が垣間見られる。先にも書いたように、私はその可能性がゼロであるとまでは断言しない。しかし、自作自演説の根拠はいかにも薄弱であるように思える。

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2004年04月16日

責任ということば

とりあえず、3人の人質が解放されたことは喜ばしい。行方不明になっている2人については、彼らを拘束した(かもしれない)グループから何の表明もないし、どう考えていいのか分からない……。

さて今回の事件で、彼らの「自己責任」を問う論調が、ネットだけでなく政府関係者からの口からも出ている。これについては、先に紹介した江川紹子さんの一連の論考が的を射ているように思う。

考えてみれば、高校卒業したばかりの今井くんはともかく、他の2人は戦中のイラクを体験している人間だ。現場の空気、イラクの人々の雰囲気に生で接している人たちであり、その体験を踏まえ、直前に隣国ヨルダンで情報を集めたうえで、自ら足を踏み出している。そこで判断ミスがあったのかもしれないが、それは本人たちがいちばんよく分かっていることだろう。しかし、イラクに行ったこともない連中が「危険なのは分かっていただろうに」などと「自己責任」を説いて批判するのは滑稽きわまりない。たとえば松井秀喜のプレーについて、「体の開きが早いんだよなぁ」とバットを振るそぶりをする素人の滑稽さと同じである。

それと、「責任」といえば、日本では忘れ去られている「責任」がある。今イラクの、たとえばファルージャの人たちが苦しんでいる責任は誰にあるのかということだ。もはやサダム・フセインの責任を問いうる時期ではあるまい。その責任は、米国の無法な殺戮と、それを無反省に支持している小泉政権に、ひいては(私も含めて)それを座視している日本の有権者ひとりひとりにあるのではないか。その責任の一端なりとも果たそうとしている人はいるのか。