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『私の身体は頭がいい』を読む

去年後半から筑土散人氏の影響で読んでいる内田樹さんの本を、また一冊読む。『寝ながら学べる構造主義』『ためらいの倫理学―戦争・性・物語』『「おじさん」的思考』『期間限定の思想―「おじさん」的思考〈2〉』につづいて、今度は『私の身体は頭がいい―非中枢的身体論』。内容は武道論=身体論。著者は、大学の卒論にメルロォ=ポンティの身体論を取り上げたという点では私と共通しているが、そのレベルは、軽自動車とF1以上に差があるかもしれない(笑)

『「おじさん」的思考』では「別姓夫婦の先進性」を否定し、『私の身体は頭がいい』では「インフォームド・コンセントの有効性」について疑問を投げかける。……とだけ書くと、なんだか反動的な人のように聞こえるが、決してそんなことはない。ものすごく単純に書いてしまえば、あらゆる二項対立を愛と身体で超越してしまうような知性だ。

『私の身体は頭がいい』のなかで印象に残ったのは、師匠を選ぶことの困難さについて。「なぜ『原理的に弟子の水準をはるかに超えているはずの人』である師匠を、弟子が選ぶなんてことができるのか。でもそれができちゃうんだよな~」という話。最終章の「響く身体」も、唄三線をやる身としては、非常に興味深かった。

それともう一つ。


まず「分岐点」まで戻る。そして、いちばん処理しやすい結節点を見つけて、そこをクリアーしてからゆっくり次の段階に進んでゆく。
(中略)
おそらくこれがあらゆる危機管理の基本なのだと思う。
「急がば回れ。」

……時節柄、含蓄のある言葉ではないか。

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2004年03月19日 07:39に投稿されたエントリーのページです。

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