『ロード・オブ・ザ・リング~王の帰還』が、メインともいえる作品賞・監督賞を含むアカデミー賞11部門を受賞した。繰り返し書いているように、『指輪』マニアとしては、あの壮大な物語を映像化してくれたスタッフ&キャストには感謝感激であり、別にアカデミー賞にそれほどの権威を認めているわけではないにしても、今回の受賞は素直に喜びたい。と書きたいところなのだが、微妙に違和感というか、なんだかなぁと思うところもある。原作のマニアが映画化作品に対して感じる違和感という意味ではなく、いわば、『ロード……』三部作と、私のなかではかなり評価の低い『ラストサムライ』とに共通する要素への違和感だ。
『ラストサムライ』を観ていて、感覚的に何が嫌だったかといって、やはりクライマックスの合戦(?)で、日本人同士が殺しあうシーンだ(あ、前にも書いたように私にはあの映画の舞台が日本であるとは認めたくないので、「日本人らしき人々」と書くべきか)。
「日本人」が殺しあう(そして恐らく戦術面でアドバイスしたはずのアメリカ人である主人公は生き残る)映画を、日本人が感動して観るというのは、なんだかとても居心地の悪い状況だ。といっても、この映画に対して私がそう感じるのは私が日本人だからであって、戦闘シーンで大量の生命が失われる、そしてその戦闘シーンが部分的にではあれ作品の売り物になっているという点だけ見れば、それは『ロード……』三部作においても何ら変わりはない。DVDを観直して確認する必要があるが、確か「オークは皆殺しだ!」という主人公側の台詞があったようにも思う。
『ロード……』において「オーク」は醜悪かつ愚劣で残虐な種族として描かれている。観客は彼らに対して一片の同情も感じる余地はない。だから、彼らを殺す場面に、主人公たちの残虐さを感じることはまずないだろう。しかし考えるまでもなく、「敵」に極悪非道のイメージを付与するというのは、現実世界の戦争においてもごくあたりまえのように行われていることだ。「オークは皆殺しだ」という台詞の「オーク」を、「テロリスト」や「イラク兵」に置き換えることは米軍にとってはたやすい。「オーク」に混ざっていた「ホビット」たちを殺してしまったかもしれないという『二つの塔』の設定は、「テロリスト掃討」の過程で子供を誤射してしまう米軍に重なる。もちろん今、イラクで占領軍に抵抗している人々からみれば「オーク」を「米兵」という言葉に置き換えるのも自然なことだろう。そして60年前には、この国でも米英に「鬼畜」というレッテルを貼っていたはずだ。
結局のところ、今回のアカデミー賞を制覇した『ロード……』、そして日本では助演男優賞云々が騒がれた『ラストサムライ』とも、大量殺戮の映画であるという点では共通している。それが作品の優劣を左右するわけではないにせよ、続けてそういう作品を観てしまったことに、そしてそれらが高い評価を得ていることに、なんだかとても居心地の悪さを感じてしまうのだ。
※ちなみに、言い訳めいているが、『指輪』原作では戦闘シーンの比重は映画に比べて大幅に低い。